作曲家 松﨑国生 インタビュー DX(デジタルトランスフォーメーション)とフィロソフィー(哲学) 両輪を持つアイロニー 未来の作品創造像(1/2)

「生演奏こそが音楽を届ける最たるコミュニケーション媒体である」それは音楽が人から人へと伝わる自然界の原理が「振動」や「波動」である背景を考えても紛うことなき事実であろう。しかし、音楽が生まれてから社会構造は変化をし続けている。第三次産業革命では、デジタル変革が起き、人々の情報の受け取り方が大きく変わった。今やあらゆる情報をデジタルデバイスで受け取り、意思決定を行う時代へと変容してきている。

更に、COVID-19において、文化芸術活動のDX(デジタルトランスフォーメーション)やデジタルツールを用いたコミュニケーションの重要性は飛躍した。特に、クラシック音楽をはじめ生演奏を大切にしてきた領域は、従来の「席数×平均単価」の興行収益モデルを前提とする経営に致命的な課題を抱え、その解決策を見つけ出すことが必要となっている。そのような背景に一つの答えを見出そうとする、作曲家の松﨑国生(まつざき くにお)氏にインタビューを行った。生演奏とデジタルの独自のバランス感を保ち、Twitterを中心に全世界を「楽しませる」独自の作品発表を続ける、彼の創造の根源を明らかにする。


このように、楽譜をモティーフにした作品を見かけたことがある方も多いのではないだろうか。Twitter上で6.5万以上のいいね、2.5万以上のRTをされた、いわゆる「バズ」が起きたツイートである。今や、日本のみならず、欧米、欧州、アジア圏でも人気の、国境を超えるアイロニーな魅力を持つ作品群となっている。

すべての人が笑えるユーモアがあることはもちろん、見る人が見ればマニア心をくすぐる音楽教養が凝縮されていることに気がつく。専門家の心を鷲掴みにする仕掛けが随所に埋め込まれているのだ。

これらの作品の作者であり、全世界にファンを持つNHK音楽祭 『シンフォニック・ゲーマーズ』シリーズ、そして一流のクラシック音楽家が信頼を寄せる森悠子氏が音楽監督を務める長岡京室内アンサンブルで活躍する、独特なキャリアを持つ作曲家の松﨑氏。

COVID-19影響下における音楽家のデジタル変革やインターネットの活用技法はもちろん、SNSで大きく話題となった彼の『ネタ楽譜』と呼ばれる作品群の哲学を紐解き、未来の作品創造に向けた姿勢に迫る。

全ての人が「楽しめる」マニアックな人も「楽しめる」両輪を持つアイロニー


昨年夏頃よりインターネット上に作品を発表され始めているかと思います。作品をつくる上で意識されていることがあれば教えて下さい。

松﨑 「楽しい」というのは、重要な目標一つ。ただ、最も大事なことは、その先にあるフィロソフィー(哲学)に対するポジティブな向き合い方を示唆するということです。音楽の知識が全くなくても楽しむことができますが、同時に、非常に音楽教養が深い方も平等に楽しめる設計を意識しています。更に、その先にある隠されたフィロソフィーの理解があってこそ、その作品の全貌を知ることが出来る。いわば、道化の皮をかぶった作品つくりとも言えるかもしれません。

つまり、多重構造的な楽しみ方がある作品ということですか。

松﨑 そのとおりです。例えば、最初は「単に面白い」だったものが、音楽教養を習得した上でもう一度作品を見ると「そういうことか」と、もう一度別の楽しみと喜びが生じる。子どもの頃に見たものが、大人になって見ると違う見え方がするような作品ですね。

この短い動画の中にそれらを意識してお作りになられているということでしょうか。

松﨑 はい。一見すると、単なる『ネタ楽譜』として楽しめる。しかし、見る人が見れば、技巧的な作り方をしている。固く言えば、教養というものがないと理解し得ないものになるかもしれません。私の音楽のバックグラウンドがクラシック音楽ですので、その配分多くなっています。ですので、特に同じ領域の方であればダブル・トリプルミーニングでの楽しみ方が出来ると思います。

音楽とオーディエンスとカルチャー、フィロソフィーとの演算で生じた語法

もともとは演奏家や作曲家としてご活躍で、NHK音楽祭『シンフォニック・ゲーマーズ』での編曲は非常に評価が高く、クラシック音楽とも大胆に融合させたスタイルが人気だったように記憶しています。そのようなご経歴からの『ネタ楽譜』は、いささか飛躍があるようにも思いますが、制作を始めたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。


松﨑 直感でしょうか。音楽とオーディエンスとカルチャー、フィロソフィー(哲学)の演算の結果出てきたもののようにも思います。従来の作曲や編曲と同様、インターネット、SNSというメディアと、楽譜、動画、先程お伝えしたアイロニーを内包したものとして、自分の語法として機能する可能性を感じたことがきっかけと言えますね。

例えば、冒頭にご紹介した『頼んでもいないのに練習中に邪魔しに来るジャズ科の先輩』は、2.5万件のRT6.4万件のいいねがあって大変話題になりましたね。

松﨑 去年の8月に投稿したのですが、次の日頃に6万いいねが来て驚きました。インプレッションは今では500万以上になって、とても嬉しく思います。Twitterでこんなにも反響があったことは今までになかったので。以降の作品も、沢山の反響を頂き本当に嬉しく思っています。

所謂SNS上で話題となる「バズ」が起きてから、何か変化はありましたか。

松﨑 正直に言ってしまうと、メリットとデメリットがあるのではないかと感じています。先にデメリットを言うと、無意識に「狙う」ようになってしまったことです。従来の作品つくりとは異なる、多くの人に楽しんでもらうということを一番にする、メンタル、スピリットが生じます。そうやらないと気がすまないようになっていく……。ナチュラルな感じではなく、アンナチュラルな状態です。

ではメリットはどうでしょうか。

松﨑 メリットとしては、「自分」というもののコンテンツと、お客様・オーディエンスの皆様、そして自分を含めて、距離を測る指標が出来たことです。それは今までの自分の中では曖昧でしたので、基準が出来たということはかけがえのない収穫でしたし、それはとても嬉しいことです。

COVID-19の影響で公演が中止になることもある最中、オーディエンスとの関係性を保つことは大切ですね。

松﨑 実際に私の関わっている公演も中止になってしまいました。分断された社会の中で、お客様との繋がりを保てることは非常に重要な機会です。結果として、とても幸運だったように思います。